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【三つの願い 【unknown 【ユメ 【泥棒】 【夏の狂気】 【物忘れ】

三つの願い

 急に願いを三つと言われても、はて、何を願うべきなのだろうか。ランプから現れた魔
神を前に、私は腕を組んだ。お金には困っていない。健康にも恵まれている。しかし、だ
からと言って人に譲るには、勿体無い権利だ。考えた末に、こう言った。
「私が望むべきことを教えてくれ」



unknown

 ひとりの少年兵が荒野に身を横たえている。彼の命は、もうすぐ終わるのだろう。
 軍に於いて、彼は落ちこぼれだった。彼の記憶の中に、褒められている自分の姿はない。
惨めな気持ちで、だが泣くだけの力もなく、ひとり静かに彼は尽きた。
 彼にあった絵の才能には、誰も気づけなかった。



ユメ

 私の子供の頃の夢は、空を飛んでみたい、というものだった。いかにも無垢で子供らし
い夢だ。今の疲れ切った自分とのギャップに、思わず笑ってしまう。こんな昔のことを思
い出したのは、やはり、今の状況のせいだろうか。
 地面に届くまでの数秒とはいえ、最期に夢が叶ってよかった。



泥棒

「待て!」
 僕は細い道を走っていた。絵を盗んだ奴を追っているのだ。
 しかし、まあ、待てと言われて待つ泥棒は居ないわけで。奴は階段を駆け上って、ある
店に入った。どうやら付け爪を売っている店らしい。
 男が一人で入るのは目立つだろうが、そんな事は気にしていられない。僕も当然、後を
追って店に入る。
 と、入り口付近で一人の女性とぶつかった。その女性は小さな悲鳴をあげる。僕は条件
反射的に詫びの言葉を口にした。
「大丈夫です。それより一体誰を追っていたんですか?」
 その女性に訊ねられた。何か見ているかもしれないと思い、答えようとして、僕は不思
議に思った。
「――どうして僕が人を追っていたと気付いたんですか」
 女性は最後まで聞いていなかった。途中で脱兎の如く駆け出したのだ。
「あ、待て!」
 当然、叫んでも待つ泥棒は居ないわけで。ま、僕も人の事を言えた義理じゃないけど。
 畜生アイツめ。あの絵は僕の獲物だったのに!


*この小説は「第三回 四百字物語」に投稿させていただいたものです。



夏の狂気

 夏が来ると、私は変わる。
 普段はしがない会社員なのだが、この季節になるとハンターへと変わる。相手が泣こう
がわめこうが、自らの欲望を満たすまでは手を緩めない。そんな残虐非道なハンターへと
変わる――変わってしまうのだ。
 自ら望んでいるわけではない。しかし子供のころからの習慣(と呼ぶべきだろうか)で、
私の意思に関係なく体は銃を構え、そして撃つのだ。幽かに湧き上がる喜び以外の感情を
消し去って。
 狂っていることは分かっている。こんなことでは結婚もできないのではないかと悩む日
もあるし、秋になるといつも後悔をする。それまで積み上げてきたものを、一瞬で無駄に
している気がするのだ。
 しかし、――しかし私は、そんな自分自身に潜む狂気ともいえる感情が表に出てくる夏
の季節を、一番楽しんでいる気がする。
 自覚しつつも、後悔しつつも、結局は自らを改めることができないのは、それが原因な
のだろうか。
 いずれこの狂気は自らを滅ぼす。――それは分かっている。
 だが、止めることはできない。
 今日もまた私の足は、次の獲物を求めて夜の街へと向かう。
 ――ここがいい。
 私は一軒の店の前で足を止める。中に居た店主が目を見開いて私を見る。その繋がりが
表に出ることはなくとも、同業者というのは情報交換をしているのだろう。店主の反応は、
彼が私を知っていること――私の狂気を知っていることを示すのには十分だった。
 店主が話しかけてくる。
「兄さんホント勘弁してよ。あんた上手すぎるから儲けがないんだよ。それに自分で言う
のもなんだけど、こんなことにお金なんか使ってないで貯金しないと。将来苦労するよ?」
 しかし私はその言葉を黙殺する。そして店主に、いや、目の前の獲物に視線を向け、店
主に言葉を投げかける。

「親父、射的十回」



物忘れ

 とある部屋で、男が頭を抱え込んでいた。
「ダメだ。思い出すことができない。とても大切なことを忘れてしまったような気がする。
今すぐにでも、思い出す必要があることだった気がするんだが……。
 くそっ、俺はいったい何を忘れてしまったんだ? まったく検討もつかない!」
 悔し紛れにベットを蹴る男。
「……いや、そうだ、何かをしようとしていたんだ!
 思い出せ、思い出せ……。
 喉までは出掛かっている。しかし、その後が……」
 再び、顔をゆがめて思案する。
「……そうだ、思い出したぞ!」
 一瞬喜びに震える男の顔。が、またすぐにもとの浮かない顔に戻ってしまった。
「さっき忘れたことを思い出すんだった。ええと、何を忘れたんだっけ?」

 とある部屋で、男が頭を抱え込んでいた。


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